対人サービスを行うにあたり,サービス対象の人の心の過程の推定・理解はそのサービスの質の向上に極めて重要である.現在の人工知能技術は人の知的機能を工学モデル化したものであるが,人には知的部分以外に非言語であいまいで感情的な部分が多くあり,その部分が人間の行動・意思決定を支配しているというのが最近の認知科学の知見である.しかしその知見の利用の鍵となる人間理解については人工知能はいまだ途上にある.本セッションは,この溝を埋めるべく,認知科学の知見のうち工学的にモデル化が可能ないくつかの事例についての認知モデルとありうる展開を紹介し,対人サービスの新たな領域の開発の基盤技術として人工知能の研究者に資することを意図している.
竹内勇剛(静岡大学)
実世界における個体間のインタラクションの普遍的な基本要素は,他者への行為 (control) と他者からの行為の受容 (acceptance) の2つである.本研究では,個体の内部状態を上述の2つのインタラクションの基本要素に対してそれぞれの欲求の強さをパラメータとして与え,その効用を最大化するための計算を通して,個体間の原初的水準でのインタラクションの開始過程の内部状態を示す認知モデルを構築した.同時にインタラクションにおける各個体の動作から,このモデルに基づいてそれぞれの個体の内部状態を推定できる可能性を示した.これらを通して,人同士の自然な出会い状況(他者としての相互的な認知)を生起させるためのインタラクションデザインや,人との関係においてポライトな行動をロボットに振る舞わせるための実装指針を与えることなどが期待できる.
大森隆司(玉川大学)
教育の基本は,個々の子どもの個性にあわせた環境整備と教員の対応である.しかし現実には教師は多数の子どもの個性を同時に視ることは難しく,それが教育の質の向上の一つの課題である.本講演では,子どもの行動をセンシングし,その個々人の関心を推定し,さらには集団行動を識別する行動分析モデルを紹介する.集団行動中の個人の関心の推定は,子どもの個性の推定や教育の質の見える化にもつながり,教師が使う分析ツールとして教育現場での新たな応用につながる.
森田純哉(静岡大学)
生得的要因や加齢に起因する個人差,あるいは体調や気分に応じた認知機能の変化は,汎用的な認知アーキテクチャに搭載される知識やパラメータによって表現される.本講演では,そのような個人適応型の認知モデルの応用として,認知アーキテクチャACT-Rを組み入れた回想支援システムを示す.本システムにおいて,ユーザの記憶は人生において撮りためた写真のネットワークとして表現される.また,記憶ネットワークの探索に関与するパラメータをユーザの生理指標によって動的に調整する機構を構築する.これにより,ユーザの記憶回想プロセスのシミュレータが実現される.このシミュレータを利用することでユーザの記憶の回想を統制することが可能になり,不快な記憶の反芻に悩まされる人々の生活の質を向上させることが可能になると考える.
新井田統(KDDI総合研究所)
我々の日常生活は高機能な人工物に満ち溢れている.特に,様々なICT機器やインターネット環境が人々の生活へ広く浸透している現在では,個々の人工物としての機器利用のみならず,通信ネットワークを介した情報トランザクションを含む人工物利用が常態化しており,ICT機器のユーザビリティに大きな影響を与えている.本講演では,ICT機器操作時に発生する待ち時間の問題を,人とネットワークのインタラクションという視点から捉え,人の認知的特徴を利用した問題解決へのアプローチについて紹介をする.更に,本課題解決における,人の認知特性のモデル化の有用性について論じる.